大判例

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東京高等裁判所 昭和59年(う)1177号 判決

……前略……ところで本件強盗殺人の事犯は次のようなものである。すなわち,被告人は,保険代理店を経営していたものであるが,集金した保険料の不正処理を繰り返したことから経営に破綻をきたし,昭和57年12月分の保険料を期限(翌58年1月31日)までに納付することができなくなり,同月25日伯父新津専吉に借金方を頼んだところ,予期に反して断られたばかりか,被告人及び両親ら一族の者らの生活態度や行状について非難され,落胆すると同時に激しい怒りと憎悪を覚え,金を工面しなければならないという気持と専吉に対する恨みを晴らそうという気持から,同人を殺害して金を奪うことを決意し,かつ同人の妻朝子や同人らと同居していた朝子の実母律に気づかれた場合には同女らをも殺害しようと考え,犯行に用いる兇器等を作るなどして準備したうえ,同月29日午前1時ころ専吉方窓をこじあけて同家に侵入し,右3名を次々と殺害し,残高合計570万9,147円の預金通帳及び印鑑等を強取した,というものである。……中略…… そして,原判示のとおり,被告人は専吉を殺害して金を奪おうと決意し,かつ同人の妻朝子や同女の母律がこれに気づいたときには同女らをも殺害することを決意し,あらかじめ,殺害に用いる兇器としてブラツクジヤツク,ナイフ,針入棒を製作し,屋内侵入用具としてドライバー,目打ち,鉄の爪,皮すきを,覆面用として目のあたる部分に穴を開けたスキー帽を用意したばかりでなく,指紋を残さぬようにするため軍手,革手袋及びゴム手袋を,また返り血を浴びた場合のことを考えて着替え用の作業衣を,更に犯行後汚れた着衣を包むための布までも準備しているのであって,本件は,当初から被害者の殺害が予定されそのために綿密周到な準備がなされた計画性の強い犯行といわなければならない。

また,本件犯行の態様は原判示のとおりであり,律の顔面をブラツクジヤツクで強打したり頸部等をナイフで数回突き刺し,朝子の頸部,胸部,上腕部等をナイフや庖丁で数回突き刺し,また専吉の頭部,顔面等を植木鉢やフライパンで多数回殴打したり庖丁で頸部を突き刺すなどして,律に対し左頬骨骨折を伴う顔面打撲傷,前頸部左側から右頬まで貫通する長さ11.5センチメートルの刺創,左頸部に深さ9センチメートルの刺創等を負わせ,朝子に対しては左頬下半から左下顎縁を経て前頸部に至る長さ約11センチメートル深さ17ないし18センチメートルにも達する開刺切創,左側頸部に深さ3.8センチメートルの刺創,前胸部左側に深さ0.9センチメートルの刺創,左上腕上端部に左上腕骨を刺通し左肺上葉部に達する深さ約17センチメートルの刺創等を負わせ,専吉に対して左側頸部3ケ所に深さそれぞれ約3センチメートルのえぐったような開刺創の外3ケ所の刺切創を,また頭部,顔面に多数の打撲傷や擦過打撲傷を負わせそれぞれ失血死するに至らしめたもので,その惨状に照らすと,被告人は被害者らの顔面,頭部,頸部等に執拗かつ凄まじい攻撃を加えたことが認められるのであって極めて残忍な行為態様といわなければならない。

しかも,被告人は,事が早期に発見されないよう数々の罪跡隠ぺい工作をしたことは原判決が詳細に判示しているとおりであるが,とりわけ死体を台所床下の狭い収納庫に引きずり入れるに当たり,専吉の死体が収納庫からはみ出していたところから,骨が折れるほど死体を土足で踏みつけて押し込んでいるのであって,冷酷非情な振舞いというべきである。

被害者専吉は,叔父に当たる被告人の母方の祖父に見込まれ,学資の援助を受けて早稲田大学を卒業し,その後被告人の叔母新津多喜と入夫婚姻し,昭和石油の前身である新津石油に入社し,その後昭和石油の取締役として活躍し,退社後はその子会社の社長を勤めてその経営に当たり,昭和45年ころ隠退したが,この間多喜が死亡した後朝子と再婚し,同女の母律とも同居し,3名ともども平穏な余生を送っていたのであり,本件犯行により非業の死を遂げるに至ったその苦痛と無念の情は察するに余りあり,また朝子や律も被告人が同家を訪れた時には温く迎え,本件犯行前被告人が訪れた際にも,朝子は種々気を配っていたことがうかがわれ,被告人からこのような仕打ちを受けるいわれは全くないのであって,災難ともいうべき本件犯行を受けて非業の死を遂げたのはあわれというべきで,このように尊い3名の生命を奪い金品を強奪した本件犯行の結果は極めて重大である。

遺族の受けた衝撃と斐しみは深いものがあり,被告人の家族らからの謝罪をも受け難い心境にあって被告人に対しては極刑を望んでおり,またこのような犯罪の社会に与えた衝撃が大きいことにも配慮しなければならないところである。

ここで被告人にとって有利な情状について検討するに,被告人には前科前歴がなく,被告人なりに努力して真面目に働き,普通の社会生活を送ってきたもので,とりわけ家族に対する情愛は深いものがあって,被告人はいわゆる情性欠如型の人間ではない。保険代理店の経営に行き詰り,サラリーマン金融から借金して以後は,妻や兄ら親族にも相談することができず,1人でいかに金策をするかなどその処理に苦慮し,いらいらが昂じて眠られぬこともあり,次第に心因性の抑うつ状態に陥り,専吉からの拒絶にあってからは絶望状態にあったことは,それが被告人の性格的な弱さに起因するところが大きいとはいえ,同情できないわけではないし,また専吉の被告人やその親族に対する非難が犯行の一つのきっかけになっているのであって,このような観点から本件を考察すると,本件は単なる金目当てだけの強盗殺人事件とはその趣きを異にするものである。更に一旦本件犯行を計画した後もその実行を決意するまでには思い迷った面がうかがえるし,どうしてでも専吉から金を出させるという決意は強く結局は深夜しのび込んで最初から殺害する手段をとったが,犯行の7時間位前までもう一度専吉に頼み断られたときには脅してでも出させ,それでも出さないときには殺害しようかと逡巡したのであって最初からまず殺害することを確定していたわけではない。そして,本件犯行が発覚してからは,自己の罪の深さを自覚して反省し,犯行を全面的に自白するとともに被害者の冥福を祈る日を送り,かつキリスト教に帰依している。家族には幼い4人の子供が残されており,被告人に同情する人々が減刑を願っていることも認められる。

以上の他記録に表われている被告人の性格,経歴,境遇並びに犯罪後の情状等のうち被告人にとって酌むべき諸般の事情をすべて考慮しても,本件犯行の罪質,動機,犯行の計画性,執拗にして残忍な犯行の態様,3名の尊い生命を奪った結果の重大性,犯行隠ぺい工作の冷酷さ,遺族の被害感情,本件が社会に与えた衝撃の大きさ等にかんがみると,その罪責はまことに重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも,極刑はやむを得ないものと認められるのであって,原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいいがたい。

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